2011年3月25日金曜日

あの日から2週間

あの日から2週間。
あの晩は、事務所に泊まることに決めて、夜になってやっとテレビを観て、起こったことを知って、胸がつぶれるような思いで朝を迎えた。ものすごく昔のことのような、ついこの間のことのような、あっという間の14日。

DEARのスタッフは幸いにも全員無事だったけれど、まだまだ環境や気持ちは不安定で、やっと仕事が普段のペースに戻って来たような気がする。
そして、今できることや、この先のことをちゃんと考える心の準備ができたように思う。
そのひとつのステップとして、被災地で活動する仲間を応援するプログラムを開始したり、チャリティ・ワークショップを企画したりしている。
(→ブログ「東北関東大震災関連ブログ」)

地震のとき、わたしは電話で教材の相談にのっていた。
電話口であれこれお話している間に揺れがきて、「あれ?ちょっと長くて大きいかも‥」と思っているうちにすごい揺れに。電話口の方の場所も揺れているようで、「これは‥、電話切りましょう!」と言ってそれっきりになっていた。

市の名前まで聞いていたところで、その場所は東京よりも大きな被害が出ている場所だったから、とても心配に思っていた。

そして、今日。2週間ぶりにその方から電話が来た。
4月2日のチャリティ・ワークショップに参加してくれるというご連絡だった。

わたしはこうやって一人ひとりの安否を確認できて、ホッとしているけれど、それが叶わなかった人や叶わないであろう人がたくさんいる。
今はかける言葉も見つからないけれど、個人で、DEARとして、やれることをやっていこうと思う。
(八木)

2011年3月15日火曜日

隣国からの震災救援お問い合わせ

こんにちは。
連続投稿で失礼します、大久保です。
通勤路線がかろうじて運行していたため、
今日はDEAR事務所におります。

ささやかながら節電を、ということで、
基本的な電力消費は業務PCに絞ってます。
そろそろ暗く&寒くなってきたので引き上げたいところ。。。

昨日は結局、手持ち無沙汰になってしまったので、
自宅でも出来そうな仕事の整理を、コソコソしておりました。

そんな中入った、一本の電話。

何と、韓国のNGOから。
お相手は、以前、DEARの活動に興味を持たれ、
事務所までいらしたこともある方でした。

今回、東日本大震災のことを知り、支援先を探しておられ、
たまたまコンタクトをとったことのある
DEARにお問い合わせ下さったようです。


義援金以外にも、
団体と提携する企業が、万単位の救援キットを用意しているとのこと、
「物資の配送は、現状難しいだろう」とは伝えましたが、
国を超えた支援の動きがあることを知り、
とても頼もしく感じました。

被災地に拠点を置くDEAR団体会員の方々も、
徐々に救援活動を始められています。

今後も大きな余震等が予想されているので、
くれぐれも細心の注意を払っていただきたいですが、
救援にあたり、具体的に何が必要なのか、
現地でなければ把握できない情報もきっとあると思います。

ぜひ、DEARの全国ネットワークをご活用下さいね。

(大久保)

2011年3月14日月曜日

東日本大震災・DEAR事務局レポート

こんにちは、事務局の大久保です。
事務所までの路線が運休しており、
自宅でできる仕事を手探りしているところです。

3/11に発生した東北関東大地震。
DEAR事務所のある東京文京区でも、
大きく長い揺れがありました。

当初、事務所にはスタッフ4名(大久保の他、八木・宮崎・中田)と
ボランティア1名がおり、
事務局長の中村は会議で都内の別の場所に、
そして、事務局次長の西は講師派遣で山形へ向かっておりました。

私は普段通り、銀行へ行った後、
行きつけのレストランで遅めの昼食をとろうとした所で、地震発生。

(店外に一時避難した時、
文京シビックの高層ビルが揺れていたのが怖かった・・・)

余震が続く中、そそくさと昼食を済ませ、事務所へ。
(他のスタッフは、すぐ隣の小学校校庭に避難しておりました)

しばらく様子を見てから再び事務所に戻り、
東北で起きた大地震のことを知らされたのでした。

都内では交通網がマヒ状態。
たまにつながる電話・メールで、家族との連絡はとれたものの、
鉄道各線は軒並み運休。
帰宅の目処が立たなかった大久保・八木・中田の3名は、
事務所のある建物の一室で、布団を借りて寝泊まり。

・・・・・・

翌朝、大久保は復旧した鉄道で帰宅し、
家族と朝食を取り、一休みしてから、
TVやインターネットで情報収集。


大津波に呑み込まれた街。
福島原発のトラブル。

改めて、被害の凄まじさに戦慄しております。


一方、出張中で事務所から直接連絡のとれなかった西や、
東北に在住するDEAR関係者の方々、
はたまた個人的な友人たちから「無事です」というひと声が届く度、
ほっとしている自分も。

・・・・・・


被害が特に大きかった岩手、宮城、福島では
今もなお、大勢の方々が避難生活をされ、
懸命の救助活動が続けられているとのこと。

一人でも多くの方のご無事が確認できるよう、
スタッフ、役員で逐一情報共有を図っている他、
会員メーリングリストでも安否確認や、
これからどのように支援を行なっていくべきか、
呼びかけを行なっております。

義援金、節電、声をかけ合う・・・
“個人”で出来る支援策は、まずここからでしょうか。

(大久保)